免許合宿

 今年の10月、免許を取りに免許合宿に行ってきた。そこでの出来事が、自分の中で1番大きい出来事だったので、話したい。

 

免許合宿は約2週間。買ったばかりのスーツケースに、たっぷり服と服を入れ、ガラガラと引きずって、静岡県浜松市にある自動車学校に行ったことを思い出す。

 

免許合宿は免許を取るため、自動車の運転について学ぶ場所だ。それはわかっている。でも、行くからには、そこで出会う者とも楽しみたい。そんな気持ちが仄かにあった。

 

僕と同じ日に入校したのは13人。男性8人の女性5人。年齢はバラバラだったが、20代前半が多かった。この人数は多い方らしく、少ないときは5人の日もあるらしい。

 

色んな人がいた。授業を取り終えた大学四年生もいれば、元教師、元ホストなどもいた。10月という中途半端な時期に免許合宿に来るというのは、少し事情のある人が多かった。僕もその1人で、元役者というカテゴリーに入る。

 

 

先ほども言ったが、免許合宿の同期の人とせっかくならば仲良くなりたいと思っていた。1日目は当然ながら、皆緊張感が漂っていた。

免許合宿は、普通の学校生活とも違い、仲良くする必要はない。1人で合宿生活を送る人もいる。

僕の同期にもそういう風に考えている人は何人かいたみたいだが、結果から話すと、13人全員仲良くなった。

 

僕は初めての人と話すのが得意な方だ。とにかく、まずは話しかけてみるというのをモットーに、人とコミュニケーションを図る。

もちろん、人によって温度差がある。そこを上手く感じ取り、この人は慎重に話をしよう、この人は少しふざけた話をしよう。当たり前かもしれないけれど、そんなことを考えながら人とコミュニケーションを取る。それができるようになったのは、演劇をやっていて、人の気持ちに敏感になったというのが大きい。

 

もう1つ、話しかけるときは、名前を必ず呼ぶこと。

13人もいると、名前を一気に覚えるのは難しい。そういうときは、惜しげも無くもう一度聞く。まずは自分の名前をもう一度名乗って、相手の名前を聞く。

次の日には、全員の名前を把握することができた。周りも僕が名前を呼んでいるのを聞いて、他の人の名前を覚えていった。

 

 

これらの行為により、全体の空気を軽くしていくことができた。始めは緊張感がただよっていたが、3日目も経てば、みんな名前を呼び合って仲良くなっていた。

 

この火種を作ることができたのは、自分の力かなと少し自負している。

 

1週間も経てば、合宿生活にも少しゆとりができ、親睦会を開くことができた。これにより、更に仲良くなった。

 

この時に、関西出身の女性が、好きな男性のタイプは面白い人と言っていた。

 

僕は彼女のことが少し気になっていた。と、同時に、役者としての血が騒いだ。

僕は彼女のことを笑わせなければいけない。

 

次の日から、免許の方も第二段階になり、少し忙しくなる。

 

その日の夜、寝る前に僕は考える。何かできないだろうか。

その時、ふと思いついた。

 

合宿所は、男子寮と女子寮の建物が分かれている。しかし、建物同士が向かい合っていて、窓同士で向かい合っている。窓から女子寮を見て、思いつく。

そうだ、この窓から、コントをしよう。しかし、うるさくしてはいけないから、静かにやろう。

言うなればそう、

「サイレント・ウィンドウ・コント」

だ。

 

 

内容を話す前に、この「サイレント・ウィンドウ・コント」をやる前に、1人協力者を呼んだ。

同期に元ホストがいる。彼は陽気で、それでいて肥満体型で、お前はその体型でよくホストをやれていたなと誰もが思っていて、割と口にしている人も多かったが、彼はそれをネタにしてしまうくらいの明るい性格だった。

合宿生活は、彼と一緒にいることが1番多く、僕がお芝居をやっていたというと熱心に話を聞いてくれて、今度一緒にお芝居をしたいねという話もしたくらいだ。まさかこんなに早くやる機会が来るとは2人とも思わなかった。

 

内容は実にくだらない。その前日に共同浴場で、彼にトドっぽいねという話をして、浴槽の縁から浴槽に転がり落ちてもらって、それが可笑しくて、これだ!と思ったのを覚えている。
 
思いついてから3日後の夜。トドのショーというのを窓枠でやった。僕は飼育員役で、彼はトド役。トドには、上裸になってもらった。それは見るからにトドで、愛らしくも見える姿だった。

始めはボールでトドとのショーを楽しんでいたが、後半は、餌やりと称して、ポップコーンを1つ摘んで口に投げというのを繰り返し、最終的に余った大量のポップコーンを一気に彼の顔に流すというトドのショーとはかけ離れたことをした。
最後には、1.5リットルのコカコーラを一気飲みするという、本当に関係ない、今時芸人でもやらないことをやらせた。彼は半分も飲まず終わった。最後、吹き出して終わりにして欲しかったが、普通に、あ、無理って感じで、口から離した。その件については後でダメ出しをした。

 


彼女は笑ってくれた。実は彼女は水族館でアルバイトをしていて、それもトドのショーをやるきっかけになった1つである。

 

それがとっても嬉しかった。

 

と、同時に、僕はお芝居を、このような日常にも、入れられるということに気づいた。

 

お芝居は普通、稽古して、劇場を借りて、その劇場で公演を打つ。それが普通だが、時間もたくさん取られ、大変な作業である。

 

もちろん、クオリティの面ではまた違った話になるが、こんな気軽に日常に芸を挟むことができるのは、とても良いことだなと思った。

 

 

免許合宿ももうすぐ卒業という頃、また飲み会が開かれた。僕はその時、居酒屋で元ホストの彼と漫才もして全体を賑わすことに成功をした。

 

 

 

免許合宿は、車の免許を取る場所である。そんなことは、わかっている。

 

ただ、車の免許以外にも得られることがたくさんあった。

 

 

 

合宿免許最終日の前日に、僕は彼女に告白をした。 彼女の返事は、2週間ぽっちで付き合う付き合わないを判断できないという返事だったが、結局少し考えると言ってくれて、次の日、OKの返事をくれた。僕と一緒にいるのが楽しいと言ってくれた。

 

 

 

免許合宿での生活は僕にとって、大きなものとなった。

帰り道、約2週間ぶりにスーツケースを引きずる。ただ今回は、2週間の旅で出会った者と別れの寂しさも引きずっていた。